『ワルツ(令和三年度における改正版)』


 この曲は「ズッ友」はさておき、2009年12月24日(平成二十一年)に収録しました。
 動画で使用した絵はイラストレーター"sime"様(代表作『Fate/Grand Order』アナスタシア等)画です。
 勿論《もちろん》のこと、メールでの個人的なやり取りにて使用許諾を得ております。


◇◇◇
 2010年2月上旬。謎の美少女"ttt5959"様に当楽曲を歌っていただけました。
https://nico.ms/sm9620846

***
『ワルツ(歌詞)』
 冷えた手に 溶け出した息
 一度きり 帰り道に
 見つけた 白い笑顔は
 泣いていた

 君と迷子の星をさがして

 針がまた進む度に
 朝がまた近づいてく
「今日は手が冷たいね」
 笑っていた

 冬を越えても 笑顔 忘れない
 君を 遠く ずっと 幸祈る

 ワルツ
 君まで届け
***

▼終局特異点 A.D.2007《阿呆化学篇》

※本稿は虚構《フィクション》であり、実在する人物・団体との関与は一切ありません。


■筆者近影

 2007年9月上旬。2年間ほど務めた非正規雇用の仕事を唐突に解雇され、同年10月17日に面接を受けるために会社2階の事務室に入ると、長い髪をアップに結んだ女性が着席しており、随分と驚いた様子で僕を見つめていたが、面接官に席を外すように促され、その女性は事務室を退室してすぐに僕の面接が開始した。
 後日、事前に着席していた女性は事務員として、僕は作業員として同期で入社する運びとなった。

 同月19日。小雨の降る緊張の初出勤日、延々と続く変わり映えのしない道を猪突猛進に歩き続け、勢いあまって会社の目前を通り過ぎ、咄嗟に踵を返したところ、今度は足を滑らせて転倒しかけてしまった。この先、無事にやって行けるのか不安になりながら気を取り直して社内に入ったが、まだ誰も来ていないようだった。

 不意に後ろから声を掛けられたので振り向くと一人の女性が立っていた。
 軽く挨拶と自己紹介を終えると、いきなり好きな音楽は何かと訊ねられた。
 彼女が好む音楽はThee Michelle Gun Elephant、Number Girl、Syrup16g、Bump Of Chicken等の下北系のロックバンドらしく、すぐに意気投合した上に、僕と同じ持ち場の彼女から直々に仕事を教わることになった。
 ちなみに会社の前で足を滑らせた情けない後ろ姿はしっかりと見られていたらしい。

ミッシェル・ガン・エレファント - 『BURNING MOTORS GO LAST HEAVENⅡ』 Digest|YouTube

 翌日、何かお勧めのCDを持って来るように頼まれたので彼女の気に入りそうなCDを何枚か持ち出して聴かせたところ、フジファブリックの『茜色の夕日』を甚く気に入ったようで何度も繰り返し聴いていた。
 後日、そのCDは彼女に渡すことになった。

フジファブリック - "茜色の夕日"|YouTube


■フジファブリック - "赤黄色の金木犀"|YouTube

 それから彼女に手取り足取り作業を教わる日々が続き、「繊細そうな手」「東京の人みたいで面白い」「女装が似合いそう」と、辛辣なことを言われて非常に困惑したが、更には「彼女はいるの?」「どうして彼女を作らないの?」「女の子が嫌いなの?」と受け答えに困る冷酷な質問をされて、「音楽に専念したいから」と情けない言い訳をしてしまった。
 同時に「貯蓄が貯まったら宅録(レコーディング)環境を整えて曲を収録したい」と密かな夢まで語ってしまった。
 まるで馬鹿みたいだ。

──ある日の昼休み、結婚して東京に行くことを告げられた。
 要約すると月末に寿退社する彼女と入れ替わりに補填として僕は会社に採用されたのだ。
 その後はなぜか人生相談に乗ることになったが上の空で曖昧な答えしか返せなかった。
 相談は人間関係や子供時分の思い出話にまで及び、意外と共通点があって驚いた次第だ。
 彼女は長い間、自分は変人なのだと思い込んでいたが、最近になって普通なのだと潔く覚ったらしい。
 東京では友人を作った方がいいのか聞かれたが、「子供ができたらママ友ができる」とは流石にその時は言えなかった。

「どんな人が来るのかと思ってたけど、いい子で良かった」
 なんだか褒めるにしても頼りないことを言われながら、その他にも意外と生い立ちに共通点があって驚いたが、横から割って入ってきた事務員に「結局のところ結婚はお金」と断言されてしまった。

 翌週に執り行われた「歓迎会兼送別会」と銘打たれて催された飲み会は、僕にとって歓迎会だったが、彼女にとっては送別会だった。
 僕は地元の神戸で働き、彼女は東京に嫁ぐ道を選んだ。
 彼女は結婚を修行のようなものだと思って頑張ると言ったが、僕にとっては就職して働くことが修行のようなものだった。

「もし私が三ヶ月後に離婚して神戸に帰って来たら、また一緒に働こうね」と、冗談を言ってくれたが、たとえお互い違う道を歩んでも彼女が元気に過ごして居てくれたら、それだけで僕は一向に構わない。
「定年退職までがんばってね」
 そんな約束を彼女と交わしたのだった。

 そんなことを思い出していると、上司に「この飲み屋にいる中で誰が一番好みだ」と聞かれたので、真剣に周囲を見渡して物色しながら悩み始めたら、お座敷で僕と向かい合わせに座っていた彼女が、隣に座る"ふくよかなおばちゃん"を指さしながら「このお姉さんが眩し過ぎて他の人は見えないよね?」とその場を上手く誤魔化してくれた。
 さり気なく上司から「お前は返事が遅いから指示を理解したのか分からない」と言われたが、彼女は「適当に『はい、はい』と答えればいいと思う」と貴重な助言をくれたのだった。

 話の流れで上司には11歳年下の妻が居ると発覚して、社員一同に「犯罪や!」と褒め称えらていた。
 また、上司の息子はポケモンを観ているらしく、その場で"ポッチャマ"の絵を描き上げたが、年甲斐もなく中々上手だったので少々驚いた次第だ。

"ポッチャマ"とポケモントレーナー"ヒカリ"|アニポケ公式Twitter

 当時はまだ飲酒をしたことがなかったので飲みやすい酒は何かと彼女に聞いたら「カクテルは飲みやすい」と薦められたので、とりあえず"カシスオレンジ"を注文することにした。
 そうしてカクテルを持ってきた店員に戸惑った様子で年齢確認をされた後、初めて飲んだカクテルの味はジュースと大差なかった。
「私も飲んでいい?」
 感慨に耽っている内に飲みかけのカシスオレンジは彼女に横取りされてしまった。

 "ブルーベリーソースの添えられたサイコロ状のチーズ"を黙々と食べる僕の様子を彼女は見つめながら微笑んでいたが、事務員が執拗に乾杯を要求してくるので仕方なく注文した"生ビール"で乾杯に応じたところ、「へえ、乾杯するんだ?」と彼女に軽蔑の目で一瞥されてしまった。
 ビールを口に含みながら渋い顔をしていると、上司に「ビールは舌で転がすもんやなくて、のどごしを堪能するもんや」と教えられたが、すかさず彼女が「彼はソムリエですから」と合いの手を入れてくれた。
 それから酔いが回って事務員と一緒に横になって休んでいたら、いきなり足裏マッサージで彼女に叩き起こされた。
「痛い?」
 そう言いながら、少しご立腹の様子だった。

 事務員がお座敷に連れて来た子供二人を見て、彼女は「かわいい!」と率直に嬉しそうな反応を示していたので、彼女の幸せは温かな家庭の中にあるのだとその時に直感した。
 端的に言えば、円満な家庭を築いたら、彼女はきっと幸せになれるだろう。

 "山本太郎"の逞しさと、ドラマ『トリック』シリーズの"矢部謙三"を足して二で割ったような趣きの上司は「俺は外国人には優しいからな」と言いつつ、「俺は在日韓国人やけど見た目は日本人やから、韓国で韓国語を話すと周囲とびっくりされるんや」というどうでもいい話を語り出し、ついには「パキスタン人も雇ったことがある」という話題まで飛び出して、なんだか己の所在地が判らなくなりつつも話に聞き入っていたら、唐突に胸を揉みしだかれて身じろぎをしたところ、目前の彼女はぽつりと「嫌がってる……」と呟き、微笑ましそうにその光景を観察していた。
 それに乗じて無駄口の多い初老の同僚"間寛平"が「なんでうちの会社の女は皆、胸がないんやろうか?」と本心からの愚痴をこぼし、女性達から顰蹙《ひんしゅく》を買っていた。

 どういう訳か解せないが、お座敷のテーブルの下で彼女に無理やり靴下を脱がされたかと思うと、今度は僕の膝上に彼女が足を乗せてきた。
 たぶん黒いストッキングを脱がしてほしいという意思表示なのだろうけど、流石にそんな勇気は当時の僕にはなかった。
 アルコールを摂取し過ぎてトイレで盛大に吐いてしまった直後に、彼女がトイレの中にまで入って来て「大丈夫?」と心配そうに声を掛けてくれたが、もし僕が用を足していたら大変な事態になっていたような気もしないでもない。

 とにかく自分は夢でも見ているのではないかと思うほど幸せなひと時だった。








✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽

 帰り道、彼女の方から手を繋いできた。
「今日は手が冷たいね。手が冷たい人は心が温かい」
 恋人繋ぎのまま手を引っ張られたので腕が少し痛んだが、彼女の左腕にあるリストカットの痕を思うとたいした痛みじゃなかった。

 しばらく歩いているとタクシーの前で抱擁する中年の男女が居て、それを真似るような形で彼女に抱きつかれた。
「私の部屋に来ますか?」
 そう聞かれたので躊躇わずに一度だけ頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 生まれて初めて自分という忌み嫌われた存在のすべてを胸に抱きとめられて全肯定されたような心持ちになった。
 どこか諦めて迷いながら選んだ道だったが、彼女と出逢ったことにより、死なずに生きることを選んだことが間違いではなかったと素直に思えたし、生きる価値や意味を見出すことが出来た。
 少なくとも僕にも人を愛する権利と心が僅かでもあることを知れたのだった。

 そうして、これまでに起きたすべての出来事は彼女と出逢い、意思疎通してそこから人生の意義を学ぶためにあったのだと覚り、果てには自分はこの日のために生まれたのだと直感した。
 同時に人と心を深く通わせるのはこれが最初で最後になるのだろうと予感した。

 だから僕にとって彼女は最初で最後の最愛の人になるだろう。

 喩え世界中に忌み嫌われ、その存在を無視して否定されようとも、彼女が僕という存在を抱きしめて全肯定してくれた過去は、僕の人生において最も大切で強固な記憶に他ならない。

 この先どんな困難が待ち受けていようと、僕の記憶には彼女と過ごした僅かで確かな日々が今も息吹いている。
 それが一過性に過ぎない勘違いだろうが何だろうが、もう二度と困難を前に絶対屈しないと心の底から誓う次第だ。

 繋いだ手はいつか必ず離さなければならない。

 それでも彼女と伴に同じ道を歩いた記憶と温もりは決して失われはしない。

✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽

 ネット上で数多の人脈を築くよりも、一人との出逢いが僕の価値観を大きく変えてくれた。
『偉人の伝記』や『音楽の素晴らしさ』を教えて、ここまで導いてくれたインターネットの存在には感謝の念を隠しきれないが、今はそれに縋る必要はないのだと思う。
 僕はもう十代の頃ほど弱くないから、これからは君が居なくても一人で歩いて行けるだろう。

――2007年晩秋。

《阿呆化学篇:2007年~2009年迄》『事務員と携帯メール』


「彼女がいなくなって、さびしそうだから」
 数日後、休憩時間に一人で座っていると、同期の事務員"野川さくら"から携帯アドレスの書かれた紙を渡された。

 そうしてメール交換を始めて最初にもらったメールの内容は「何か悩みがあったら相談してね」という無難な内容に、姉の飼っている白い犬の写真を添えたものだったと記憶している。
 "野川さくら"は、かなりのメール好きのようで、毎日欠かさず送られてくるメールの量に畏怖し、「三日に一回くらいにしてくれ」と直接言ったら、「二日に一回じゃだめ?」と言い返してくるほどの筆自慢だった。
 何が目的で僕なんかとメール交換しようと思ったのか尋ねてみたら、「それは"〇〇"君と仲良くなりたいからです!」とシンプルな返事を返された。

 ある日、"野川さくら"とメールで《あだ名》について意見交換したら、「専務に『100回以上ミスしたらクビにする』と言われたけど、本当に100回ミスしてしまった翌日に出勤したら『野川ゾンビ』って呼ばれた」というエピソードを教えてもらったのだった。

 最初の頃は、昼休みに"野川さくら"と一緒にお弁当を食べたり、女性同僚達に匿《かくま》われて過ごしたが、僕としては世間話よりも読書がしたいので次第に距離を置くようになった。

 仕事に慣れない内は定時直前まで仕事に追われたが、そんな時は上司や先輩の同僚が作業を手伝ってくれた。
「お前は男には優しいな。お前、実は男が好きなんじゃないのか。実は俺も男が好きなんや!」と、上司はいつも同僚に意気揚々と語りかけていたし、《禿げ頭で帽子を被り眼鏡を掛けた飲んだくれの喋くり爺さん"間寛平"》に至っては「おっさんとホテルに行こうか?」と気さくに話しかけてくる毎日だった。

 なんでもこの会社は数多の独自技術があるらしく、上司は「お前、実は産業スパイやないやろうな?」「これはうちの企業秘密や!」というような冗談をよく言っていた。


■《禿げ頭で帽子を被り眼鏡を掛けた飲んだくれの喋くり爺"間寛平"》のイメージ図(“伊織順平”『ペルソナ3』)

「今まで女を5人も孕ませたった」「小学生の頃に刺青を入れたら、親に煙草の火を押し付けられて消されてもうた」と、職場の所在地である朝鮮部落付近にある被差別部落出身の初老同僚"間寛平"は語っており、仕事中に他の同僚と世間話を始め、輪ゴムを飛ばし合って遊び出し、しまいには上司の目を盗んではビールを飲むという素行の悪さが目立ったが、後輩の僕が口出しをすると面倒なことになりそうなので放置していた。
 しかしながら小学生に刺青を彫る彫師や、それを煙草の火で揉み消そうとする親御さんは、一体全体これまでどのような教育を施されてきたのか皆目見当もつかない次第だ。

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 勤め始めた頃に、ひと際目立つ金髪の若い従業員が僕の作業を手伝ってくれた時に、"さゆり"(前述の東京に嫁いだ同僚)は「あの子はベトナム人だから……」と、一見すると不良タイプと相性の悪そうな僕を気遣ってくれたが、実を言うと初めて髪を染めたのは15歳の頃だし、古いロックも聴く影響で髪の色や肌の色はあまり気にしない。
 そのベトナム従業員は難易度の高く給与の安い機械作業に見切りをつけて、身内の仕事を手伝うために転職してしまう最後まで優しい兄貴分のような存在だった。

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 "さゆり"が居た頃に、初めて相撲取りのように丸々肥えた"ふくよかなおばちゃん"と作業した時、内心で何気なく「この人は大体40代くらいのおばちゃんかな?」と取り留めもなく考えていたら、"さゆり"は「頼りになるお姉さんですからね」と、それをフォローするかのように紹介してくれた。
 どうやら当時の"ふくよかなおばちゃん"はまだ三十代前半だったようだ。

 なぜかその力士のような"ふくよかなおばちゃん"は頻繁に「"ふみえ"なー」と固有名詞を連呼するので、最初は「誰のことだろうか?」と疑問に思っていたが、どうやら一人称が自分の名前なのだと後で知り及んだ。
 そのことから"ふみえちゃん"と従業員一同に呼ばれて親しまれていたのだった。

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 上司の話では、事務員"野川さくら"は中々の焼き餅焼きらしく、取引先の若い女性が事務室に来るだけで不機嫌になるそうだ。
 確かに僕とのメールのやり取りでも、「"さゆり"とは運命を感じる」「新人の中国人従業員"テイ"(鄭)ちゃんの着けているピンクのエプロンは新妻みたいで可愛いな」と送ったら、すぐに不機嫌になるので困惑したのだった。

 しばらく彼女と一緒に居ると、彼女は噂話を好み、被害妄想の激しい性格だと分かったので、メールの内容をいつか周囲に吹聴しそうだなと一抹の不安を感じながらも「"テイ"ちゃんのようにピンクのエプロンを着けたら皆が喜ぶかも知れない」というメールを送ったら、次の日から淡いピンク色のエプロンを着けて働き始めたので若干の動揺を隠せなかった。

 そう言えば、中国人の従業員"テイ"ちゃんが勤め始めて間もない頃に、「素材を500個用意しろ」と上司に指示された"テイ"ちゃんは素材を丁寧に1個ずつ数え始めて、上司に「仕上げながら数えればいいだろ」と注意されて少し不機嫌そうに「……ばか専務ぅ!」と小声でひとりごちていたのがなんだか可愛らしく感じたのだった。

 上司の指示で"テイ"ちゃんの作業を手伝わされた際に質疑応答すれば「ふぇ?」と別次元の反応を示し、僕が木板一杯に素材を並べて持ち上げたら「すごい!」と驚いていたが、非力な僕が持ち上げられる重さも、どうやら"テイ"ちゃんには持ち上げることが困難だと気付かされた。

 またある日に、僕の作業補佐をした"テイ"ちゃんは、不良品を出しそうになると逐一「これ、大丈夫?」と一生懸命に片言の日本語で聞いてくるので、僕も"テイ"ちゃんに解りやすいように片言で「うん、大丈夫!」と答えたが、今にして思えば発声と聞き取りは別の技能だから、僕までもが"テイ"ちゃんと同じ言葉遣いになる必要はなかったと反省している。

 "テイ"ちゃんが初めてザグリの機械作業を行った際は、上司に「この機械に指を巻き込まれたら指が潰れるぞ」と注意喚起されて「えー!」と笑いながら感嘆の念を隠し切れないようだった。

 昼休みに"テイ"ちゃんが他の女性同僚達と「平仮名《ひらがな》と片仮名《カタカナ》の『り』『リ』『ソ』『ン』の違いがよく判らない」と紙に書きながら談笑する微笑ましい光景を目撃した日もあったが、その他にも道端で自転車に乗る"テイ"ちゃんと出くわして「どこに行くの?」と尋ねたら、目的地を指さしながら「あっちー!」と天真爛漫な返事をされたのでとても和んだ次第だ。

 誤って"テイ"ちゃんが素材を壁と作業台の間に落としてしまった時には、わざわざ僕を呼びに来て「あれ、取ってほしい!」と、おねだりするので代わりに箒を駆使して落ちた素材を取ってあげたり、"テイ"ちゃんが忙しなく仕事に追われた日は上司に指示されてない分の作業も少々過保護過ぎるほど手伝ったが、僕が一人になった隙に"野川さくら"が来て「はっきり断らないと、彼女に利用されるだけだよ?」と注意されたのだった。

 それからまた月日が経ったある日、"テイ"ちゃんが仕上げた製品を梱包台の上に荒々しく置いた時に"野川さくら"が"テイ"ちゃんを眼光鋭く睨んでいたが、なぜその一時だけ不仲になったのか当時の僕としては理解に及ばなかった。

 僕は仕事における効率性の追求や、それに伴う刃や砥石の摩耗速度、並びに品質と量産の両立に頭を悩ませたが、彼女は人間関係に悩んでいるようだった。

 常日頃から上司は「お前の担当する我が社の漉《す》き加工(機械作業)は日本一や!」と語っており、関西随一の業績を誇る同業からも仕事の代行依頼が回って来るほどの評判だったのはさておき、僕の前任だった金髪のベトナム人従業員が8時間で600枚仕上げた作業(頻繁に不良品を出してしまい返品が頻発)を、僕はわずか数ヶ月で1時間につき600~1,000枚のペースで仕上げられるようになって上司に大変驚かれたが、次第にコンビニのポップに書かれた「『原油高騰』にも負けません!」さえも読めない従業員一同からは「新入りの癖に生意気だ」と噂されるようになっていた。

 これまで数十年と職人として勤めたのにもかかわらず、僅か勤続数ヶ月の若造が初老の従業員には任せられない機械操作を伴う作業に配属され、仕事を教える立場の上司を上回る能率を発揮するのは驚きだったのかも知れないが、大体「小学四年生で習う小数点の付く足し算」「備品の管理徹底やマニュアル化」「機械操作」「そもそも細かな手作業」は若い方が適正のあることが多いから一任されてしまったのだろう。
 尤も、危険な上に割に合わない報酬からして今後は若人が好き好んでこのような仕事は選ばなくなるだろう。








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AC4 - レイヴン《アナトリアの傭兵》

[AC4] ネクスト戦 まとめ [アーマードコア4]|YouTube

 左右に動きながら断続的にブーストして敵の弾道予測を乱し、着弾を回避しながら敵機を正面に捉えて迎撃するのがACの基本操作。

 さらに操作手順を仔細に書くと、L1とR1トリガーで左右に水平移動し、×二回押しでブースト&ジャンプをENゲージの許す限り断続的に行い、弾道予測を乱して敵弾を回避しながら、Lスティックで自機の向きを左右に、L2とR2トリガーで上下のロックオンサイトを調節して、レーダーと目視を頼りに敵機を正面に捕捉。△で武器を選択し、目標をセンターに入れて□で射撃。燃料ゲージを常に確認しながらオーバーブーストで緊急回避しつつも適切な間合いに移動し、隙があれば接近して〇で近接武器を使用する。

▽AC4 舞台設定

 政府が統治能力を徐々に失い、それに伴い各地でテロ行為や暴動が頻発していた。それらを鎮圧し、秩序の回復を図るため、軍隊はより強力かつ高度に機械化され、軍に様々な兵器を供給する軍産企業もまた、数社の企業から成る強固な軍産複合体を形成し、その影響力を強めていった。

 加速する世界の破綻により、ついには経済システムが存亡の危機に陥るに至り、新たな統治体制の確立を目指し、実質的最高権力組織となっていた6つの企業組織が、政府に対し全面戦争を開始した。

 後に国家解体戦争と呼ばれるこの戦争は、企業側が投入した最新鋭兵器、特に、コジマ技術などの最新技術を盛り込んだわずか30機にも満たない新兵器ネクストACによって、数多くの国家軍隊はなす術もなく壊滅し、勃発からわずか一ヶ月程度で、企業側の圧倒的勝利で終結。これにより、企業による統治が開始された。

 企業による新たな統治が開始されてから5年後、世界は様々な問題を内包しつつも表面上での安定を保っていた。

 そんな中、国家解体戦争で負傷し、ネクスト技術の研究を産業としていたコロニー・アナトリアで療養を受けていたあるレイヴン(旧世代ACパイロット)が、同コロニー内にて保管されていた研究用のネクストを用いた傭兵となったことから、物語は始まる――。








✽.。.:*·゚《閑話休題》.。.:*·゚ ✽

 正直に言うと、仕事中に缶ビールを飲み始める《禿げ頭で帽子を被り眼鏡を掛けた飲んだくれの喋くり爺さん"間寛平"》や、低賃金のためにモチベーションが低くやる気のない様子で作業しつつも専務に「給料を上げてくれ」と直談判する元土木作業員《きれいなジャイアン"野獣先輩"》のルサンチマンを起因とする不平不満はどうでもいいのだが、もし素材を通す際に機械のローラーに手を巻き込まれたら指をズタズタに切断され兼ねないと上司に相談しても「この20年間で一度も手を切断した者はおらんし、労災も下りる!」と斜め上を行く返答で一蹴されるだけなので、以前から2tトラック運転手の父が常々言っていたように社会保険の完備された企業に転職するべきではないかと考え始めるようになった。

 仕事終わりに今後について何度か上司と相談する中で、「つい最近まで仲の良かった在日韓国人の友達グループと喧嘩別れをしたんや」と語られ、「仕事も趣味も精一杯せいや!」と叱咤激励された。
 そうして、親戚だという💝"在日韓国人の17歳の女子"😻を所有する船に乗せて撮影した写真を見せてくれたりもした。

 逡巡の中で、僕がもう少しこの仕事で貢献できたなら、収益が増えて従業員一同の不平不満の種である給与も上がるかも知れないと考え、心を無にして仕事に徹することをその時に覚悟したのだった。


 2008年に催された忘年会のカラオケにて、同僚の"ふくよかなおばちゃん"に誘われてバンプオブチキンやブルーハーツをデュエットしたら、向かい側に座る"野川さくら"が頬をぷくっとふくらませながらこちらを見ていた。
 そうして歌い終えた僕の隣にいきなりやって来たかと思うと、「古い方が好き? それとも新しい方が好き?」と密着されながら問い質されたが、当たり障りがなく広く一般的に普及するような流行歌には疎いし、ギターは朧気に弾けても音痴なので、注文した"ジンジャーエール"を初めて飲みながら今一つその場でも上の空だったように覚えている。

 入社当初、"野川さくら"とメール交換してすぐに返信が面倒になり放置した翌日、「こらー! 返信しなさい!」と怒られながらも渋々「三日に一回くらいにしてくれ」とメールを断ってから、数ヶ月ぶりに心が折れそうな時にメールを送信したら「少なからず"〇〇"君にも味方はいるよ」と励ましてもらえた。
 しかしながら、他の同僚に気付かれないようにメールのやり取りを再開してから、"野川さくら"は「"テイ"ちゃんは食事の後に爪楊枝を使うからおじさんみたい」と妙に鬱屈とした態度になり、不穏な空気が立ち込め始めたのだった。

 そもそも僕にとって飲み屋で無為に酒を飲むことが楽しかったわけではなく、"勝俣さゆり"(旧姓)と一緒に居た時間が幸せだったのだと思い至り、渇いた心がより空虚になってしまった。

 僕より7歳年上の事務員"野川さくら"(当時27歳)はシングルマザーで、ポケモン好きの子供が二人おり、仕事終わりにメールでポケモンの放送時間を教えてくれたりもしたが、忘年会の席にまで連れて来た子供達に向かって「うるさい」と泥酔して言い放つ姿を見て幻滅してしまった。
 そうして色気付く母親の姿を見てショックを受けたのか、長男に至っては半べそ状態になってしまった。
 以前に"野川さくら"が「まだ女として楽しみたい」というメールを送ってきたこともあったが、もう少し母親としての自覚を持って子供達のことを考えてあげてほしいと願うばかりだった。

 またある日の朝、いつものように"野川さくら"に挨拶しても不機嫌そうにしていたので、その夜に理由をなんとなくメールで尋ねたら「そういう気分の時もある。もうほっといて!」と返信があったので言われた通り、その日から僕は仕事の話以外はしないことにした。
 狭い通路を調子に乗りながら小走りする"間寛平"と肩が接触したら蹴ったり殴ったわけでもないのに、派手に吹っ飛んですっ転んでいたような気もするが、それはとにかく砥石や刃の摩耗を抑えながら商品を綺麗に素早く仕上げることに意識を傾けたのだった。

「私は普通じゃないからねー!」と毎日メールをくれた"野川さくら"だったが、自分の独自ルールだった「相手の文章量と同じ文字数を返信する習慣」に疲れ果ててしまったのも相成り、わだかまりから「"さゆり"や"テイ"ちゃんなら、たとえストーカーと勘違いされても許されるレベルだけど」と、訳のわからないたとえ話に添えて彼女が最も気にしている《容姿》についてメールで言及して着信拒否にした翌日、彼女は仕事中にもかかわらず泣き出してしまった。

 不真面目な家庭環境に育ち、不勉強な学校生活を送ったブラック人材の集まる"ブラック企業"にありがちな話だが、管理不行き届きでモラルの欠如した職場の人間関係は更に悪化し続け、彼女は仕事中も怨念のような表情を湛え、「私のことだけ無視する」「もう好きじゃない……!」「私のことが好きなくせに……私じゃなくて専務……専務のことが好きなの……?」と呪詛を呟き、僕に振られたという噂を社内中に吹聴し、着信拒否にしても別のアドレスからメールを送ってきた。

 前述の通り、仕事中に突然泣き出すほど情緒不安定になったかと思いきや、事務室で二人きりになると嬉しそうに話しかけてくるので、女性の心理というものがよく解らなくなり不気味に感じるようになってしまった。

 ある日に"野川さくら"が、"禿げ頭で眼鏡を掛けた40代独身同僚"と口論になり、「すぐに怒ったり笑ったり、ほんま"〇〇"とそっくりやな……子供は不細工やし、チ〇ポは起っとうし……!」と、まったくもってさっぱりよく分からん小言を言われ続けた"野川さくら"もそれに負けじと「"〇〇"君のチ〇ポが大きいのは最初からなのに、自分のが小さいからって人のチ〇ポの大きさをとやかく言うな……!」とまるで僕と以前に何かしらあったような口ぶりで独り言の応酬をしていたが、それでも僕としては伝票に0.1mm単位で記された通りの厚さに素材をスライスする為に機械を適宜セッティング(刃の位置と水量を調節しつつも素材の固さに合わせて、バネの反発やローラーの高さを調整した上で、定期的にダイアの埋め込まれた用具で砥石を水平に研ぎ、上下にある砥石を刃に当てる際の強さを研磨の音と火花の量で加減し、手に持つ素材の端とゲージの位置が丁度5mm幅になるように指先の感覚を頼りに持って素材を機械に通し、型番ごとに異なる数百種類はあるゲージの保管場所にそれぞれ番号を振った上で全てノートに書き留め、型番の種類と数字の大きさ順にゲージを並び替えて即座に取り出せるように徹底管理し、前任のベトナム人従業員にはできなかった火花の飛ぶ刃の研ぎを行った際は粉塵を放っておくと発火するので、こまめに左右のローラーや配管に詰まった砥石の粉を除去)を行わなければならず忙しなかったものの、それでも"さゆり"と別れてから心に空いた空洞を埋めるように自暴自棄になりながら取り組んだ指を潰したり切断し兼ねない危険な作業に見切りをつけて他の仕事を探す決意を固めた。
 勿論、社会保険完備が理想だろう。

"禿げ頭で眼鏡を掛けた40代独身同僚"のイメージ図("坂本ちゃん")|出典:朝日新聞 AERA dot.

「あなたは結局どこに行っても同じ……」
 退職する前に、そんなことを彼女に言われた。

 しばらくすると事務員"野川さくら"や、その恋路を邪魔するべく嫌がらせを繰り返した《禿げ頭で帽子を被り眼鏡を掛けた飲んだくれの喋くり爺さん"間寛平"》も結局は退職して、更には会社側が1億1,000万円の所得隠しと脱税で摘発され、神戸新聞の紙面を飾ってしまったようだ。

 今にして思えば僕も彼女も、"さびしんぼう"だったのだろう。



 謝っても「心がこもってない!」と怒る事務員のイメージ図。


 もし同期の事務員がアイドルデビューを果たしていたら――

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 中国人従業員"テイ"ちゃんのイメージ図。

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"さゆり"のイメージを取り入れたような"コトリッチ"氏|YouTube
"テイ"ちゃんと"同期の事務員"を足して二で割ったような容貌になった"コトリッチ"氏|YouTube

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 十数年前に勤めた“朝鮮総連”幹部の経営する企業の"在日韓国人の上司"は人望があり数々の名言を私に語りました。
 下記はその名言の数々であります。

 "同僚と仲良くする必要はないが、喧嘩はするな"
 勘違いしてはならないのは会社は仕事をおこなう場所であり友達作りの場ではないということだ。会社に来てまで仕事とはおおよそ無関係な世間話で喧嘩をおっぱじめて仕事を阻害するくらいなら、時給750円を支給するので駅前の立ち飲み屋にでも行っていただけないだろうか。

 "一時間の間にどれだけ製作できるかタイムアタックしろ"
 一時間の内に最大でどれだけ商品を製作できるか計測することで綿密なペース配分を行うことが可能だ。効率性を求める上で毎日8~10時間維持し続けることが可能で、なおかつ一定のペースを保つことのできる速度を知ることは必須だろう。ゆっくり作業する事と、丁寧に作業する事は別なので、迅速丁寧を心掛けるのが理想だ。

 "0.2mmズレたら左右に0.2mm傾いた靴になる。細部まで手を抜くな"
 読んで字のごとく高品質な製品を仕上げるためには、たとえ購入した客も確認しないような細部までこだわり抜く必要がある。

 "男は二十歳から。女は二十歳まで"
 個人的に他人の性嗜好については疎いので、このような男の沽券に関わる問題発言についての言及は控えたい。
 この場合は「捕鯨反対!」と、あえて本題とは異なる斜め上を行く問題提起を標榜して話題を確信から大きく逸脱させながらお茶を濁すのが無難な判断だろう。

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■2007年10月中旬。神戸ケミカルシューズ関連業に就職
 当時製作に携わった商品は神戸ハーバーランド「モザイク」の婦人靴屋にて販売されました。


■筆者近影(2021年)