【2018年迄のブログ】一寸先は旅【復刻版】


■筆者近影

2015年8月11日

 日常をブログに書き出すと自惚れや誇大が生じるのであまり好ましくないと常々考えておりましたので、しばらく日記の更新を中断したいと思います。自分語りか或いは著名人の話だけしか書けないなら、それを控えた方が良いかなと思い至った次第であります。

 それが己と異なる意見でも、そのような考えもあるのだな程度にしか受け取れずに記載できた話も多々あります。いずれにしても見識が足りず、賛同や反対ではなく中庸であるとしか書きようがありません。
 とにもかくにも面白い話が書けないで誠に申し訳ありませんでした。


 皆様の大空が末永く快晴でありますように。

2019年1月5日 - レオナル堂

 唐突に過去を振り返りますと、作曲を開始したのは2000年(13歳)からですが、音楽素材ブログの『レオナル堂』を公開したのは2007年3月~2008年4月頃までの僅かな期間でした。

 その間に就職したので仕事を優先するために閉鎖しましたが、今思えば残して置けば良かったと猛烈に後悔中であります。

 元々作曲を始めた中学生の頃はゲームのBGMを作りたいという目標がありましたが、筆者のゲーム離れも相まってうやむやになってしまいました。しかしながら音楽素材ブログを立ち上げたことで、BGMを提供したいという子供の頃の夢を叶えることが出来ました。利用していただいた皆様には感謝の念を禁じえません。本当にありがとうございました。

 ちなみに2000~2007年春(13~19歳)までに作成したmidiファイルを調整してアップロードするだけだったので連日のように新曲をアップロードしておりましたが、1曲を仕上げるのに大体1週間ほど掛かるので、決して制作は迅速な方ではありませんでした。

「音楽で人に良く思われたいとか、音楽を積極的に人に聴かせたいとは、もう考えが及んでおりませんが、音楽の楽しさを人生から除外したくありません」という内容の文面をネットで拝読して妙に納得した今日この頃です。


2018年11月23日 - 出雲大社


 今回こそは家族との最後の旅行になるだろうと思い島根県まで赴きました。左の写真はスサノオが祭神の八重垣神社。右は国津神の代表格であるオオクニヌシ(恵比寿《エビス》の父神)が祭られる出雲大社の神楽殿です。神楽殿では神主による祝詞の奏上と、巫女による舞の奉納を拝見しました。


2018年4月21日 - 伏見稲荷大社



 本日は京都の伏見稲荷大社に足を運びました。天気予報では真夏日になるとのことだったので気温の上昇する正午前に帰宅しましたが、気が向いたら今度は稲荷山を登りたい所存です。

 写真でも分かる通り、本殿が朝日と反対の西向きなのが気になります。神社は陽光の当たる南か東向きに建てられるのが通常ですが、京都の神社ではなぜか伏見稲荷大社だけが西向きのようです。諸説ありますが、西向きは黄泉の国の方角にあたります。西向きの神社と言えば京都より遠く離れた出雲大社の本殿も西向きとのことです。見識が足りず両社ともに祭神が国津神という共通項しか見当たりませんが、真意のほどは如何なものでしょうか?

 出雲神話では根の堅州国(黄泉の国)は神々の故郷でもあるとされ、そこから穀物や富などあらゆるものが生じるとされます。つまり黄泉の国は出雲と極めて関係が深く、出雲神話の祖神スサノオがその郷里に帰りたいと発言したのは極めて自然と言えるそうです。伏見稲荷大社や出雲大社が西側を向いてるのもそれらに何かしらの影響を受けたのかも知れません。

 イザナギから生まれた三貴子の中でスサノオだけは異質の存在だったのもあり、古くから天皇家に対抗し得るほどの勢力を誇った出雲の王朝を支配下に治めるために動員されたと見ることができます。天皇家の正統を主張するために作られた『記紀』の神話では、地方豪族の中でも著しい勢力を誇った出雲一族の祖神の出自をイザナミの子ということにしました。高天原に馴染まないスサノオを追放した上で改めて出雲の祖神としたので、追放されたスサノオが大和朝廷側のイザナギの子という事実は変わりないというわけでしょう。

 結局のところ『記紀』では出雲も大和朝廷の手中に治められることになります。大和朝廷の正統性をいかに合理的に説明するか、作者たちの苦心のほどが窺えます。

 また出雲と兵庫は関わりがあり、瀬戸内海側でも『播磨国風土記』に、出雲王朝と関係する者たちが繰り返し登場するようです。摂津(兵庫側)だと西宮神社(大国主西神社)。淡路は松帆銅鐸が出雲と共通の鋳型を使っていること等々から推察するに、昔より何かしらの国交があったのだろうとのことです。


2017年4月2日 - 広島観光



 老いた親の付き添いで広島の厳島(宮島)まで赴きました。
 特に好きでもない旅行にわざわざ同行し始めたのは、親との思い出を少しでも残しておきたいと考えてのことでしたが、母の膝関節の状態も芳しくないので、当分の間は旅行も控えるでしょう。

2015年7月13日 - 姫路城



 筆者と東京に住まう伯母夫婦、アメリカより来日中の従甥二人で世界文化遺産の姫路城に赴きました。
 従姉の子供たち(従甥)とは10年ぶりの再会。
 当時はまだ幼かった彼等も今では中高校生。
 光陰矢の如し、時の流れの早さを身に沁みて感じましたとさ。


2015年6月1日 - 奈良公園


 うまい具合に一頭もこちらを向いてくれませんでした。


2015年4月21日 - ポール・マッカートニー来日公演


 本日はポール・マッカートニーの来日公演を拝見するために京セラドームまで赴きました。彼と同時代に生きていること自体がとても感慨深いことだと思います。非常に貴重な時間を共有することができました。


Dance Gavin Dance

Dance Gavin Dance - Death of the Robot with Human Hair
Dance Gavin Dance - Stroke God, Millionaire
Dance Gavin Dance - Strawberry Swisher pt. III


2015年4月2日 - 井の蛙、天を仰ぐこと能わず


 勤務先の調理場ではコックコートではなくエプロンを着用していますが、少し困った事態が往々にして発生します。
 それは食材の買い出しの際、ご婦人方にスーパーの店員と頻繁に間違えられることに他なりません。
 お目当ての商品がどこに置いてあるのかという問いかけに、毎度のように「店員ではありません」と返答しなければならないのは非常に面倒であります。
 なので、いっそのことスーパーのどこに何があるか把握して、懇切丁寧に教えたいと思う今日この頃です。


2015年4月1日 - 生き残ったのは俺たちだけらしい


 過去は過ぎ去りもうない。未来は来たらずまだない。
 ならば精一杯、今この瞬間を生きるんだ。


2015年3月31日 - the cabs

the cabs - anschluss
the cabs - キェルツェの螺旋
the cabs - 二月の兵隊


2015年3月29日 - 神戸ハーバーランド



 聳え立つ神戸ポートタワー。


2015年3月22日 - Roger Rabbit


 最近はRise Recordの所属バンドを頻繁に拝聴してます。このレーベルはポストハードコアやメタルコアのバンドを多く輩出してるようですが、アコースティックの楽曲も目を見張る出来栄えであります。そんなわけで一昨年のアルバム『Feel』で全米3位を記録したバンド、Sleeping with Sirensのアコースティック・アルバム『If You Were a Movie, This Would Be Your Soundtrack』より選曲いたしました。

 他にもYouTubeの公式チャンネルでは所属ミュージシャンの楽曲を配信しているようなので、気になる方は是非ともチェックしてみて下さい。果たして採算が取れるのでしょうか。懐の広さに脱帽であります。


Issues - Hooligans (Reimagined - Diamond Dreams)
 Rise Recordに在籍するメタルコアバンド、Issuesが昨年リリースしたアコースティック・アルバム『Diamond Dreams』収録曲。下記の原曲と比較するとあまりにも印象が違い過ぎるので、その差異を楽しむことが可能な一枚ではないでしょうか。

Issues - Hooligans
 アコースティックの楽曲からは想像し難い代表曲。ヴァースは通常のメタルコアですが、サビでボーカル・グループを彷彿とさせるコーラスに変わるのが特色。


2015年3月20日 - 財布こま


 職場の料理長からの頂き物です。
 物事が上手く回るように願掛けされたものらしいのですが、実際にこれを財布に入れると穴が開くとのこと。
 あなおそろしや。


2015年3月18日 - 汝、己の手を穢すべからず





2015年3月14日 - 高取神社


 神戸市を一望いたしました。


2015年1月24日 - 大吉


「さびしさに 何とはなくて 来てみれば うれし桜の 花ざかりかな」


2015年1月21日 - 夢

 詩編を読む夢を見た。幽幻のものは儚いという内容で、最後は"かみ"と結ばれていた。


2015年1月14日 - My Bloody Valentine


 今年は職場で念願の義理チョコを貰えました。


2014年12月28日 - 懇親会


 本日はスタジオセッション仲間のユウヤ君と40代女性ドラマーの間で執り行われた懇親会に招かれました。
 楽しい時間は経つのが早い。そんな愉快な一日となりました。


2014年12月22日 - レタスの収穫



 職場に設置された水耕栽培器で育てたレタスの収穫を執り行いました。
 率直な感想を言うと業務スーパーで購入した方が早いと思うのですが、水耕栽培器を使用することで従業員が一丸となって小さな命を育てる優しい心が育まれたのではないでしょうか。


2014年10月21日 - 君と歩いた道


 本日飼犬のカナが静かに息を引き取りました。
 晩年は癌との闘病生活になりましたが、痛みに耐えてよく頑張ってくれました。
 筆者が小6の頃から27歳になるまで実家にはこいつが居てくれました。
 もう二度とペットは飼わないだろうけど思い出をありがとうな!
 どうか安らかに。




2014年10月17日 - 記録に残らない記憶


 どうぶつの森でフレンドと親睦を深めました。
 ちょっとしたハーレム状態に恐縮しきりの村長でしたとさ。

 この内の二名は姉妹で、当初は姉とフレンドになり遊んでいましたが、「妹もまぜてやってくれ」と頼まれて妹さんも参加したのも束の間、「ちょっと離席するからその間、妹を頼む」と一任されて、妹さんのお相手をさせていただくことになりました。
 他人の村で走り回って花を散らす天真爛漫な姉と比較して、しっかりとした妹さんでありました。
 戻って来た姉に「どうだうちの妹は。いい子じゃろ?」と聞かれましたが、同意せざるを得ませんでした。


 楳図かずお氏を彷彿とさせるマリンスーツをいただきました。


 この直後に通信エラーが起きて昆虫採集のデータは飛んでしまいましたが、大切な思い出までは決して消えません。


2012年6月9日 - 高知観光




 家人の付き添いで今度は高知まで足を運びました。


2012年2月4日 - 東京観光



 大都市東京に行くの巻。


2011年8月31日 - 須磨海水浴場




2011年8月17日 - 一家団欒


 盆休みを利用して某府で会社員(SE)として勤める兄が実家に帰省しました。
 写真に写っているのは飼い犬のカナと兄の足の裏。

 ちなみにWikipediaによるとシステムエンジニアとは日本のIT業界における特殊な体制から生じた和製英語で、国際的にはソフトウェアエンジニア、ソフトウェア開発者、プログラマー、ハードウェア技術者などの表現が正しいとのことです。




2010年2月26日 - 静岡観光



 家人の付き添いで静岡まで足を運びました。


2008年9月14 - 鳥取観光


 当写真は鳥取砂丘にて撮影されました。
 左から筆者、白髪の増えた父、髪の薄い通りすがりの人。

 後日同僚にお土産の砂卵を配ったところ、「一人で歩いて行ったんか?」と不審がられましたが、皆様も鳥取砂丘に行った際は砂卵を是非ともいかがでしょうか。


2008年8月10 - SUMMER SONIC 08




茜色の夕日

 2007年10月中旬、
 同月19日。小雨の降る緊張の初出勤日、延々と続く変わり映えのしない道を猪突猛進に歩き続け、勢いあまって会社の目前を通り過ぎ、咄嗟に踵を返したところ、今度は足を滑らせて転倒しかけてしまった。この先、無事にやって行けるのか不安になりながら気を取り直して社内に入ったが、まだ誰も来ていないようだった。

 不意に後ろから声を掛けられたので振り向くと一人の女性が立っていた。
 軽く挨拶と自己紹介を終えると、いきなり好きな音楽は何かと訊ねられた。
 彼女が好む音楽はThee Michelle Gun Elephant、Number Girl、Syrup16g、Bump Of Chicken等の下北系のロックバンドらしく、すぐに意気投合した上に、僕と同じ持ち場の彼女から直々に仕事を教わることになった。
 ちなみに会社の前で足を滑らせた情けない後ろ姿はしっかりと見られていたらしい。

ミッシェル・ガン・エレファント - 『BURNING MOTORS GO LAST HEAVENⅡ』 Digest|YouTube

 翌日、何かお勧めのCDを持って来るように頼まれたので彼女の気に入りそうなCDを何枚か持ち出して聴かせたところ、フジファブリックの『茜色の夕日』を甚く気に入ったようで何度も繰り返し聴いていた。
 後日、そのCDは彼女に渡すことになった。

フジファブリック - "茜色の夕日"|YouTube



■フジファブリック - "赤黄色の金木犀"|YouTube

 それから彼女に手取り足取り作業を教わる日々が続き、「繊細そうな手」「東京の人みたいで面白い」と、辛辣なことを言われて非常に困惑したが、更には「彼女はいるの?」「どうして彼女を作らないの?」「女の子が嫌いなの?」と受け答えに困る冷酷な質問をされて、「音楽に専念したいから」と情けない言い訳をしてしまった。
 同時に「貯金が貯まったら宅録環境を整えて曲を収録したい」と密かな夢まで語ってしまった。
 まるで馬鹿みたいだ。

──ある日の昼休み、結婚して東京に行くことを告げられた。
 要約すると月末に寿退社する彼女と入れ替わりに補填として僕は会社に採用されたのだ。
 その後はなぜか人生相談に乗ることになったが上の空で曖昧な答えしか返せなかった。
 相談は人間関係や子供時分の思い出話にまで及び、意外と共通点があって驚いた次第だ。
 彼女は長い間、自分は変人なのだと思い込んでいたが、最近になって普通なのだと潔く覚ったらしい。
 東京では友人を作った方がいいのか聞かれたが、「子供ができたらママ友ができる」とは流石にその時は言えなかった。
「どんな人が来るのかと思ってたけど、いい子で良かった」と、なんだか褒めるにしても頼りないことを言われながら、その他にも意外と生い立ちに共通点があって驚いたが、横から割って入ってきた事務員に「結局のところ結婚はお金」と断言されてしまった。

 翌週に執り行われた「歓迎会兼送別会」と銘打たれて催された飲み会は、僕にとって歓迎会だったが、彼女にとっては送別会だった。
 僕は地元の神戸で働き、彼女は東京に嫁ぐ道を選んだ。
 彼女は結婚を修行のようなものだと思って頑張ると言ったが、僕にとっては就職して働くことが修行のようなものだった。

「もし私が三ヶ月後に離婚して神戸に帰って来たら、また一緒に働こうね」と、冗談を言ってくれたが、たとえお互い違う道を歩んでも彼女が元気に過ごして居てくれたら、それだけで僕は一向に構わない。
「定年退職までがんばってね」
 そんな約束を彼女と交わしたのだった。

 そんなことを思い出していると、専務に「この飲み屋にいる中で誰が一番好みだ」と聞かれたので、真剣に周囲を見渡して物色しながら悩み始めたら、お座敷で僕と向かい合わせに座っていた彼女が、隣に座る"ふくよかなおばちゃん"を指さしながら「このお姉さんが眩し過ぎて他の人は見えないよね?」とその場を上手く誤魔化してくれた。
 さり気なく専務から「お前は返事が遅いから指示を理解したのか分からない」と言われたが、彼女は「適当に『はい、はい』と答えればいいと思う」と貴重な助言をくれたのだった。

 話の流れで専務には11歳年下の妻が居ると発覚して、社員一同に「犯罪や!」と褒め称えらていた。
 また、専務の息子はポケモンを観ているらしく、その場で"ポッチャマ"の絵を描き上げたが、年甲斐もなく中々上手だったので少々驚いた次第だ。

"ポッチャマ"とポケモントレーナー"ヒカリ"|アニポケ公式Twitter

 当時はまだ飲酒をしたことがなかったので飲みやすい酒は何かと彼女に聞いたら「カクテルは飲みやすい」と薦められたので、とりあえず"カシスオレンジ"を注文することにした。
 そうしてカクテルを持ってきた店員に戸惑った様子で年齢確認をされた後、初めて飲んだカクテルの味はジュースと大差なかった。
「私も飲んでいい?」
 感慨に耽っている内に飲みかけのカシスオレンジは彼女に横取りされてしまった。

 "ブルーベリーソースの添えられたサイコロ状のチーズ"を黙々と食べる僕の様子を彼女は見つめながら微笑んでいたが、事務員が執拗に乾杯を要求してくるので仕方なく注文した"生ビール"で乾杯に応じたところ、「へえ、乾杯するんだ?」と彼女に軽蔑の目で一瞥されてしまった。
 ビールを口に含みながら渋い顔をしていると、専務に「ビールは舌で転がすもんやなくて、のどごしを堪能するもんや」と教えられたが、すかさず彼女が「彼はソムリエですから」と合いの手を入れてくれた。
 その後は酔いが回って事務員と一緒に横になって休んでいたら、いきなり足裏マッサージで叩き起こされ、「痛い?」と彼女は少しご立腹の様子だった。

 事務員がお座敷に連れて来た子供二人を見て、彼女は「かわいい!」と率直に嬉しそうな反応を示していたので、彼女の幸せは温かな家庭の中にあるのだとその時に直感した。
 端的に言えば、円満な家庭を築いたら、彼女はきっと幸せになれるだろう。

 "山本太郎"の逞しさと、ドラマ『トリック』シリーズの"矢部謙三"を足して二で割ったような趣きの上司は「俺は外国人には優しいからな」と言いつつ、「俺は在日韓国人やけど見た目は日本人やから、韓国で韓国語を話すと周囲とびっくりされるんや」というどうでもいい話を語り出し、ついには「パキスタン人も雇ったことがある」という話題まで飛び出して、なんだか己の所在地が判らなくなりつつも話に聞き入っていたら、唐突に胸を揉みしだかれて身じろぎをしたところ、目前の彼女はぽつりと「嫌がってる……」と呟き、微笑ましそうにその光景を観察していた。
 それに乗じて無駄口の多い初老の同僚が「なんでうちの会社の女は皆、胸がないんやろうか?」と本心からの愚痴をこぼし、女性達から顰蹙《ひんしゅく》を買っていた。

 どういう訳か解せないが、お座敷のテーブルの下で彼女に無理やり靴下を脱がされたかと思うと、今度は僕の膝上に彼女が足を乗せてきた。
 たぶん黒いストッキングを脱がして欲しいという意思表示なのだろうけど、流石にそんな勇気は当時の僕にはなかった。
 アルコールを摂取し過ぎてトイレで盛大に吐いてしまった直後に、彼女がトイレの中にまで入って来て「大丈夫?」と心配そうに声を掛けてくれたが、もし僕が用を足していたら大変な事態になっていたような気もしないでもない。

 とにかく自分は夢でも見ているのではないかと思うほど幸せなひと時だった。








✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽

 帰り道、彼女の方から手を繋いできた。
「今日は手が冷たいね。手が冷たい人は心が温かい」
 恋人繋ぎのまま手を引っ張られたので腕が少し痛んだが、彼女の左腕にあるリストカットの痕を思うとたいした痛みじゃなかった。

 しばらく歩いているとタクシーの前で抱擁する中年の男女が居て、それを真似るような形で彼女に抱きつかれた。
「私の部屋に来ますか?」
 そう聞かれたので躊躇わずに一度だけ頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 生まれて初めて自分という忌み嫌われた存在のすべてを胸に抱きとめられて全肯定されたような心持ちになった。
 どこか諦めて迷いながら選んだ道だったが、彼女と出逢ったことにより、死なずに生きることを選んだことが間違いではなかったと素直に思えたし、生きる価値や意味を見出すことが出来た。
 少なくとも僕にも人を愛する権利と心が僅かでもあることを知れたのだった。
 そうして、これまでに起きたすべての出来事は彼女と出逢い、意思疎通してそこから人生の意義を学ぶためにあったのだと覚り、果てには自分はこの日のために生まれたのだと直感した。
 同時に人と心を深く通わせるのはこれが最初で最後になるのだろうと予感した。

 だから僕にとって彼女は最初で最後の最愛の人になるだろう。

 喩え世界中に忌み嫌われ、その存在を無視して否定されようとも、彼女が僕という存在を抱きしめて全肯定してくれた過去は、僕の人生において最も大切で強固な記憶に他ならない。
 この先どんな困難が待ち受けていようと、僕の記憶には彼女と過ごした僅かで確かな日々が今も息吹いている。
 それが一過性に過ぎない勘違いだろうが何だろうが、もう二度と困難を前に絶対屈しないと心の底から誓う次第だ。

 繋いだ手はいつか必ず離さなければならない。

 それでも彼女と伴に同じ道を歩いた記憶と温もりは決して失われはしない。

☆⇒終局特異点 A.D.2007《阿呆化学篇》